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【アジア8年目】和田翔太が日本人GKとしてアジアで長く活躍できる理由

選手物語
2020年7月5日

日本人GKが海外で活躍するのは難しい

 

現在、日本のサッカー界ではこのように言われることが多い。しかし、筆者は思う。果たして本当にそうなのだろうか?日本代表で長らく活躍をしてきた川島永嗣は2010年からヨーロッパの主要リーグでプレーしているし、ポルトガルの権田修一、ベルギーのシュミットダニエルなども素晴らしい活躍をしている。その他にも世界各国、下部リーグにも目を向けたら、どれだけの日本人GKがプレーしているのかなんて誰にも分からない。

 

そんな中、アジア3国を渡り歩き、今年で8年目を迎えたGKがいる。

 

和田翔太だ。

 

日本でJリーガーになる事は出来ず、アジアに飛び出した和田。日本でJリーガーになる夢を追いかけていたが、その夢を諦めアジアに飛び出して今年で8年目を迎えた36歳だ。

なぜ和田はこんなにも長く海外で、GKという難しいポジションで長くプレーすることが出来ているのか?

そんな和田に迫った。

 

和田翔太(ワダショウタ)

東京都出身の36歳。堀越高校を卒業後、神奈川大学へ進学するも3ヶ月で中退し、埼玉SC、FC琉球、フェルヴォローザ石川・白山FC、アルテ高崎、グルージャ盛岡、ツエーゲン金沢、栃木ウーヴァFCと当時の地域リーグやJFLのチームに所属。その後、28歳の時に海外へ渡航。タイのチームとプロ契約を結び、5年間タイリーグ(TTMロッブリーFC、ホアヒン・シティFC、カラシンFC、シンブリー・バンラチャンFC)でプレー後に1年間モンゴルのFCウランバートルでプレー。その後、ラオスのマスター7FCへ移籍。

 

 

常に「2番手GK」だった学生時代

引用:和田翔太Facebook

 

今となっては、間違いなくアジアを代表する日本人GKの1人である和田だが、学生時代は苦悩の連続だった。

 

2番手GK

 

それが学生時代の和田だ。幼少期から身体能力の高さに恵まれていた和田は、サッカーを始めた当初はフィールドプレーヤーとして活躍していたが、フランスW杯の川口能活がきっかけで中学2年生にGKへと転向。その後、堀越高校へと進学し、GK経験の浅さから入学当初は「1年生の中で7人中6番手」からのスタートだったが、メキメキと実力を付け、2番手まで成り上がった。しかし、3年生となり、これからという時に大会前に怪我をしてしまいサッカー部を引退。不運な怪我などにも見舞われ、高校時代は結局、公式戦1試合出場という結果で終わった。その悔しさと自分はまだまだ出来ると思い、大学サッカーへの挑戦を決めた。

 

その後、神奈川大学へ進学しサッカー部へ入部するも3ヶ月で退部し、大学も中退。同年代のGKで1年生からすでにトップチームのスタメンで、監督からも信頼を得ている人がいたため「このままでは4年間サブ以下で終わってしまう」と感じ、サッカー部を辞めた。それと同時に、サッカー部に入るために大学へ入学した和田は、サッカー部を辞めてしまっては大学に行く意味がないと思い大学も中退した。

 

道は大学だけじゃない。自分の道は自分で決める。

 

大学を辞めて違う道を探り、様々なチームのトライアウトを受けた。そこから和田の地域リーグ、JFLでの7年間が始まる。

 

 

地域リーグに所属した7年間

引用:和田翔太Facebook

 

「埼玉SC、FC琉球、フェルヴォローザ石川・白山FC、アルテ高崎、グルージャ盛岡、ツエーゲン金沢、栃木ウーヴァFC」

 

これが7年間で和田が所属したチームだ。7年間で7チームということは、1年毎にチームを変えているということになる。その理由について和田に聞いてみた。

 

本当に素晴らしい経験が出来た7年間でした。大学を中退した後、当時はJリーグのチームもトライアウトを行なっていたので、とにかく募集しているところは全部受けましたね。どこも引っかからなかったですけど。その後、JリーグはどこもダメでJFLの数チームもトライアウトを受けたけど結果はどこもダメでした。それでどこも行く場所が無かったため、先輩に埼玉SCを紹介してもらい入団に至りました。埼玉SC時代は手首の骨折でほぼプレーしてないんですけどね。

 

なぜチームを1年毎に変えたかというと『常にJリーグを目指せる環境に身を置きたかったから』ですね。常に高いレベルを追い求めていましたし、その結果、地域リーグでプロ契約をしてもらうことが出来ました。フェルヴォローザFC時代はチームはシーズン途中に経営難になってしまい、日本では珍しい給料未払い、選手全員解雇なんてことも経験出来ました(笑)今思えば良い経験ですね。

 

アルバイト生活、プロ契約、給料未払い、チームの経営難など様々なことを経験した7年間だったと語っている。その後、28歳の時に和田は日本でJリーガーになる夢を諦め、活躍の場を移す。

それが「アジア」だ。

 

 

地域リーグから海外へ出た理由

引用:和田翔太Facebook

 

日本でJリーガーの経験もなく、英語も話せない28歳のGKが海外へ。普通に考えたら難しい挑戦と考えるが、和田は違った。

 

生涯挑戦!死ぬまでチャレンジ!って僕は心の中に決めているので。

 

トライアウトで様々なところへ行ったり、地域リーグに7年間所属し、当然そのつど住む場所も変わった。行く場所、行く場所で新たな出会いや発見をし、どこへ行っても生きていける自信があると和田は語っていた。

 

今年で海外生活8年目ですけど、もともとは全く海外なんて行く気無かったですからね。海外なんて一生行かないって思ってたから、学生時代に英語は完全に捨ててましたし。ただ、日本でいろんな地域に住んでみて、良くも悪くも日本には慣れすぎたのかなって思います。慣れた環境に居続けるのは、僕にとっては『挑戦』ではないので。生涯挑戦と誓っている以上、常に挑戦の場を求めています。そういった意味で海外へ目を向けましたね。

 

常に挑戦の場を求めていた和田。海外へ行く決めてとなったのは、JFL時代のチームメイトに海外でプレーしていた選手がいたからだと言う。

 

JFLのチームに所属していた頃、同じチームに海外でプレーしていた選手や、海外でプロサッカー選手として生きていた選手がいたんですよ。そこで自分もやれる、自分もサッカー選手として飯を食っていけるって思いました。同じチームに所属しているのに、その選手がやれて自分がやれないなんて事は無いだろうって。後は、良くも悪くも日本に飽きてしまっていた自分がいました。大きく価値観を変えるためにも、日本を出るしか無いって感じていましたね。

 

その後、日本を飛び出しタイのチームと契約をした和田。タイで5年間プロサッカー選手として活躍した後、モンゴルで1年間プレー。そして昨年からラオスのチームへと移籍し、今年でラオス2年目、海外生活8年目迎えている。

 

 

GKとして海外で長くプレーする秘訣

引用:和田翔太Facebook

 

アジアでプロサッカー選手となり今年で8年目を迎えた和田。フィールドプレーヤーでも8年間も海外でプロとして活躍するのは本当に難しい。それは、実際に海外で3年間ほどサッカーをしていた筆者は身にしみて理解している。

 

そんな中、GKという特殊なポジションで、外国人選手として活躍を続けれている理由について聞いてみた。

 

人生なんて良いことが2割、きついことが8割って思っていて、この考え方が自分の全てを納めてくれています。良いことが続くことなんてありない。そういう精神で挑戦してきたし、この考えを持っているから心が折れずに長い年数やれていると思っています。特に、海外1年目なんて本当に失敗ばっかだったし、きついことばっかでしたけど、この精神のおかげで乗り切れました。

 

GKが海外で活躍するのは難しいと日本では言われているが、和田自身はその事についてどのように考えているのか。そして実際に海外でプレーしてみて、GKとしてプレーする難しさについてどう感じているのか。

 

僕は『GKが海外で活躍するのが難しい』なんてことは考えたことがありません。ただ、日本でやっているような感じ、メンタルのままでは海外で長くプレーすることは絶対に無理だと思います。僕自身、助っ人外国人選手としてプレーしていく中で、日本でやっていた時よりも明らかに考え方が変わりました。良いプロフェショナルのお手本とならなければいけない、チームを引っ張らなければいけないということを意識してました。変わろうとしなければ人は変われませんからね。自分はとにかく我を強く持ち、変わる努力をしました。

 

アジア生活の8年間でタイ、モンゴル、ラオスと3ヶ国を渡り歩いているが、海外を渡り開く秘訣や、和田の中で決めていることなどはあるのか。

 

僕は常に目標設定を変えるようにしています。これができたら次、これができなそうなら次といった感じで。タイにいた時の目標はACL出場でしたが、5年間プレーしてみてそれは厳しいと判断しました。そこで目標をAFCカップ出場に切り替え、モンゴルへ移籍しましたが、結局あと一歩届かず1年間が終わりました。その後、他のAFCカップに出場できそうなチームを模索したところ、今のラオスに行き着きました。

 

取材をしていくうちに、和田の考え方や「芯の強さ」に惹かれていった。これは日本でも言えることだし、サッカー以外でも言えることだが、長く活躍できる選手というのはみんな「自分をしっかりと持っている」と思う。自分の考えをしっかり持っていて、それを主張でき、なおかつ柔軟に周りの意見も取り入れることができる。これが何事も長く活躍できる人の特徴だと思っている。

和田はまさにその特徴に当てはまっている人物だった。

 

 

「36歳日本人GK」に対するアジアでの評価

引用:和田翔太Facebook

 

36歳という年齢は一般的には若いかもしれないが、サッカー界では決して若くはない。むしろかなりのベテランだ。そんな36歳日本人GKはアジアでどのように評価されているのか、和田自身はどのように感じているのか和田個人の見解を聞いてみた。

 

僕のここ数年に関してはGKというポジションのみではチームから取られていなくて、選手兼コーチといった半分スタッフのような形で取られています。タイ4年目までは選手のみで活動していましたが、5年目は監督アシスタントコーチ、通訳、GKコーチ、そして選手として活動していました。モンゴル時代もGKコーチ兼選手としてのオファーをいただき加入しましたが、もし僕が若く何の経験も無い選手だったらオファーはなかったかもしれません。ラオスに関しても同様で、GKコーチ兼選手、Bチームを含めたチームのGKのレベルアップを求められています。

 

外国人GKの需要は以前と比べ減ってきている中、選手としての能力以外の部分も評価されて自分は活躍できていると語っていた。そして「アジアのGKのレベルは上がってきている」と和田は話しているように、GKのみならずアジアサッカーは確実に成長している。

今後、若い日本人GKが海外で活躍するのはさらに難しくなっていくかもしれないが、是非この和田の精神や考えを参考にして欲しいと筆者は思う。

 

 

和田がアジアに留まる理由

最後に、今年でアジア8年目を迎えた和田だが、和田がアジアに留まる理由を聞いた。

 

簡単に言うと、日本では絶対にできない経験が、このアジアでは得ることができるからですね。生涯挑戦が自分のモットーなので、海外にいることが常にチャレンジさせてくれる環境だと思っています。

 

現在36歳の和田。しかし、取材を通してみて分かったが、彼ほど「若々しい」と言う言葉が似合う人はいないだろう。幾度と怪我や挫折を乗り越えてきた不屈の男。

 

今後、彼がどれほど更なる活躍してくれるのか期待だ。

 

 

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