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【フットボーラーからビジネスマンへ】アジアサッカー連盟で働く阿部博一のキャリアチェンジ

ビジネスマン物語
2020年8月29日

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2008年に九州リーグ、2009年~2012年にJFL、2013年以降J2とJ1に所属する、現在ジャパネットホールディングスが完全子会社化したV・ファーレン長崎で阿部氏は2008年~2010年までの3シーズンをサッカー選手として過ごした。

今35歳の彼が、サッカー選手を引退した25歳から現在までの約10年間、どういったキャリアチェンジをしてきたのだろうか。

とてもユニークかつ斬新で、サッカー選手→アメリカの大学院→シンクタンクに新卒入社→現在はアジアサッカー連盟に所属してマネジメント業務に従事する。

そんな彼に、サッカー選手からビジネス界にキャリアチェンジした現在に至るまでについて聞いた。

 

阿部博一 プロフィール

1985年10月30日生まれ。東京都足立区出身。道都大学サッカー部キャプテンを経て2008年にV・ファーレン長崎と契約。2010年にサッカー選手引退後、アメリカの大学院で国際関係学修士号を取得。帰国後に三菱総合研究所へ新卒入社。現在はアジアサッカー連盟で働く。英検1級、日商簿記2級も保持。

 

サッカー選手引退からアメリカ大学院進学へのキャリアチェンジ思考法

柏レイソルジュニアで過ごした小学校時代は活躍できずその時の教訓や悔しさが強く残りました。それ以降中学から大学時代までサッカー選手になることを一心不乱に追い求めていました。

ただ同時に中学生の時から「サッカー選手になれなかったらどうするか」、こんなことも自問し始め、大学時代には更に具体的にプランBに関しても自然と考えるようになっていきました。

 

大学は有名大学ではない為、人材として高いポテンシャルを証明できないと思い、そこで何か一つ、武器を身に付けようと阿部が始めたのが「英語」だった。

大学卒業時には、TOEIC910までの英語力がつき、何よりも、アメリカの大学院に留学するという、ぼんやりとサッカー以外に「漠然と上を目指す為に繋がりそうな道」を思考していたという。

V・ファーレン長崎時代の写真

 

V・ファーレン長崎ではFWとして3年間通算42試合4得点を記録して幕を閉じた。

 

当時サッカー選手を辞める決断に至った理由は大きく3つありました。

 

  • スピードとクイックネスを武器とする自分のスタイルが、25歳~30歳にかけて向上していくイメージがどうしても湧かなかった。
  • Jへの昇格プランのイメージが明確に持てなかった。
  • 25歳という年齢がサッカー以外で何か挑戦を続ける為には、締切ギリギリの年齢ではないかと直感的に感じていた。

 

25歳で引退後、サッカー界以外で挑戦する。そう考えていた阿部は、大学時代からぼんやり描いていた

アメリカの大学院進学を目指し、塾でバイトをしながら空き時間は図書館に籠るという生活を半年した。当時の阿部から言わさせてみれば「勉強なんて、サッカーに比べれば楽勝だった。」と語る。

 

無事にカリフォルニア大学サンディエゴ校環太平洋大学院に合格し、アメリカの政治、経済、法律、国際関係学、統計学などバランスよく学んだ。

 

「卒業後もサッカー界以外で挑戦する、そう考えていた時に出会ったのが三菱総合研究所でした。

当時V・ファーレン長崎に所属していた時感じたことは、下に落ちていくことは簡単、ただ昇格していくのは何倍も難しい。だからビジネスの世界ではJ1に所属するような会社に入りたいと思ってました。」

 

29歳新卒入社でもやれば出来る

アメリカの大学院卒業後にダッカ(バングラディシュ)に3ヶ月弱住み、グラミン銀行でインターンシップをしたり、東京大学公共政策大学院に6ヶ月間逆留学をするなどした後、29歳で三菱総合研究所(MRI)に新卒入社しました。

グラミン銀行(バングラディッシュ)でのインターンシップ

 

「新卒で入社した人と自分の年齢を比べると約7年間のビジネスマンとしての差がある。周りと同じ事をしていてもダメ、自分しかできない事をしていかないと差は埋まらない。そう認識をしてはいたものの、一方で2年間本気でやればその7年間分を取り戻せる、そんな気持ちも持っていました。実際にプロジェクトにアサインされて感じたのは、何でもやれば出来る。」そう語った。

 

ただ一方で実際の業務を推進する人をサポートする役割がコンサルタントなので、サッカー選手というプレーヤーとして情熱を持ってやってきた幼少期のバックグラウンドからギャップを感じた部分も多少あったという。

 

サッカー選手としてビジネス界で活きた能力は確実にグリット力

サッカーをしてきた私が思うビジネス界で活きることは、正直全部です。というのも個人的にサッカーもビジネスも別のものとして切り離して考えていません。

全部というと抽象概念が大きいので、1つ例をあげると、グリット力です。

根性、気合いみたいなニュアンスとは違って、グリット力とは、粘り強くやり抜く力です。

 

グリット力の捕捉

Guts(度胸):困難なことに立ち向かう

Resilience(復元力):失敗しても諦めずに続ける

Initiative(自発性):自分で目標を見据える

Tenacity(執念):最後までやり遂げる

 

少し背伸びした目標にむかって行動していく中でフィードバックをもらって軌道修正してまた進める。それを結果が出るまでやりぬく、そんな力だと捉えていて、それはサッカー、ビジネスに限らず成功に必ず必要な要素だと思っています。サッカーで培ったグリット力が今も間違いなく活きています。

V・ファーレンOB戦の集合写真

 

アジアサッカー連盟との出会い

自分のコネクションがあるところへ、なりふり構わず事業案を持ち込むことをしていた三菱総合研究所時代の阿部は、当時、Jリーグヒューマンキャピタル(現スポーツヒューマンキャピタル)の存在を知る。7年間の遅れを取り戻すためには、何でもやる精神が大切。そんなマインドセットから即参加を決意した。

 

Jリーグヒューマンキャピタル(現スポーツヒューマンキャピタル)を修了して、半年後ぐらいだったと思う。アジアサッカー連盟(以下AFC)の審判部で、アジア規模で審判アカデミーの立ち上げをする、プロジェクトマネージャーを探していると相談を受けました。場所は、マレーシアのクアラルンプールで要件は以下の3つだった。

 

  • 審判に限らずサッカーのバッググラウンドがある。
  • 英語が出来る。
  • ビジネスの経験がある。

 

正直、えらい迷いましたが、国際機関で職を得ることは、新たに上を目指す道だと直観的に判断し、面接を経て2016年10月にAFCに入社に至りました。その後契約を1度更新し、現在は、審判部の副部長(Head of Operations)として働いています。

 

AFCでは2017年に審判部として0→1でレフリーアカデミーを開講させました。その他にもプロジェクトマネジメント、各国協会の経営者への事業提案、多様性のある組織の管理、フットボールのインターナショナルコミュニティへの参画、また、AFCチャンピオンズリーグ決勝アル・ヒラルvs浦和レッズの大会運営サポートなんかも経験しました。

 

今はAFC審判部で働いていて開講させたAFCレフリーアカデミーの生徒が無事に卒業生して、彼らが世界のピッチで笛をふくところまで見届けたいと思っています。

 

アジアサッカー発展に向けて感じた課題感

AFC審判部で業務を通じて、アジアサッカーの審判発展を目指しているのですが、まだ審判はサッカー選手の職業程仕事として成り立っていないなと感じています。

理由は一概には言い切れませんが、報酬面、魅力、仕事がネガティブにみられがち、そういった要素はあるかと思います。また審判のレベルアップには、基本その国のサッカーのレベルアップがまず先にあると思っています。

 

以前は、AFC審判部にはレフェリーをしていたバックグラウンドの方が7割程度働いていました。ただ、審判部の部長が変わってから、審判のバックグラウンドを持つ人が3割程度まで減少、審判バックグラウンドを持たない人も現在は増えて、多様性やダイバーシティが生まれ、アイディアが自由な発想になりAFCとしてアジアの審判発展を支える組織として好循環になってきています。

審判部に限らず他のビジネスでも、コミュニティを固めない、優秀な人をマネジメントに入れる、多様性を受け入れる、コミュニティを作ることが組織において重要だと感じています。

AFCでのワークショップの様子

 

また、審判部での話しにとどまらずアジアサッカーが発展するためには、

各国の協会や各国のクラブが発展させるんだという本気で進める方がいないと発展は進みません。

 

FIFAやAFCは各国のサッカー発展のアシストをする機関になります。ただFIFAやAFCからの指導を単純にコピー&ペーストするだけではヨーロッパに勝つことができません。

事業者が知恵を絞って各国の風土にあわせたカスタマイズを行う。あとは各国協会やクラブが本気で推進する、アジアサッカー発展はこれに尽きると思います。

アジアは政治の強さも特に影響を受けますが、各国のサッカー発展には外部からの多様性を組織にとり入れる、外部のプロを入れる、各国のガバナンスを整える、それらも非常に大事だとAFCで働いて現在感じています。

 

 

サッカー選手という職業から始まったキャリア。

サッカーを通じて培ったグリット力でビジネス界においてもインパクトをだす阿部氏からインタビューを通じてバイタリティーを感じた。きっとこれからももっと成果やインパクトを残すであろう。今後に注目していきたい。

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